とある哲学者の研究記録

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ロシアとヨーロッパのこれから~国際政治・関係性の分析~

 大学時代のレポートを発掘したので、ブログ記事として掲載します(/・ω・)/

 

― 以下レポート ―

 昨今は、イギリスのEU離脱イスラム国問題、ヨーロッパの難民問題、ロシアの横暴などから観られるように、東アジアだけでなくヨーロッパも情勢は不安定であると言える。

 そんなヨーロッパの中でも「EU」(欧州連合)とヨーロッパでありアジアでもある「ロシア」の関係性について分析しながら、「EU」(欧州連合)と「ロシア」のこれから(将来)について、「どうなるか」という現実的予測と「どうするべきか」という理想論的意見を述べたいと思う。

 また、「EU」という政治・経済の国際的共同体の構想・理念は、「アジア地域」のこれから(将来)の発展に必要なものとなってくるだろう。

 そして、「EU」が「ロシア」という荒熊と対峙するように、「日本・アジア」は「中国」という荒熊と対峙している。

 「EU」と「ロシア」の国際関係・国際政治の現実と理想を分析・理解することは、アナロジー(類推)的に「日本・アジア」と「中国」の国際関係・国際政治の現実と理想を理解することに役に立ち、これからの「アジア地域」の調和と平和構築を考え・実現することを助けるだろう。

 このレポートでは、「ヨーロッパ(EUとロシアをメイン)のこれから(将来)の現実的予測と理想論的意見」をテーマとする。そしてその「おまけ」(アナロジー・類推)として、日本・アジアのこれから(将来)に対して、意見を述べたいと思う。

 

【ヨーロッパの調和とEU欧州連合)】

 ローマ帝国以来の「規範の帝国」と言われる「EU」(欧州連合)の構造・歴史的経験などから学べることは多い。

 「日本は先進国としてEUアメリカに並びつつ、アジアの新興大国中国やインドやASEANと共存して、先進国と新興国の橋渡しをすることができる。また、欧米による近代から、再び、アジア人による文明と繁栄の時代への移行を、緩やかに、軍事的な大衝突を起こさずに実現していく知恵を、二度の世界大戦による疲弊と悲劇から統合を実現した、EC(欧州共同体)/EU欧州連合)の歴史に学び、アジアという地域の一員として実行していくことができるはずだ…(中略)。アジア全体の新時代を、いかに平和的かつ安定的にWin‐Winの政策を持って実現していくか。それを考え実行すること…(中略)。パワーシフトの時代にあって、新興国への経済・権力移行をより平和的に行うための「橋渡し」、両者をつなぐ「ブリッジ」の役割をこそ、日本は果たすべきであろう。…(中略)。EUの歴史的使命、特に戦争によらず世界平和と世界規範に大きな役割を果たし続けようとする使命に学ぶことは極めて大きい」と羽場は言う(註2 p5~p7)。

 「EU」は軍事力ではなく、規範と協力・安定関係によって「ヨーロッパ世界の調和」をつくり出そうとしている。

その試みは、アジア地域のこれからを考えるにあたって必要な知恵であろう。

 また、「EU」には欠点も観られる。そういった構造的な問題も含めて「EU」というものを分析して、将来的に「アジア地域の調和」をもたらす政策・機関の設立などに役立つ知恵をここでは見出していこうと思う。

 

 「EU」(欧州連合)という共同体の最大の理念・目的は、「ヨーロッパの調和・協力」であり、それは「ヨーロッパの平和」に繋がるといえる。

 実際、世界大戦後のヨーロッパでは、「戦争」と呼べるものは起こっておらず、比較的に平和な状態を維持できている。その要因として「EU」(欧州連合)という共同体の存在は大きな割合を占めているだろう。

 「EU」(欧州連合)の特性・魅力を平島は次のように語る(註1 p4~p8)。

― 以下引用文 ―

 統合のプロセスと、そのようなプロセスをたどって築き上げられた現在のEUも、われわれの知的関心をひきつけてやまない。その魅力はどこにあるのだろうか。

 第一は、妥協を導き出すための創意あふれる工夫の数々がある。

 欧州連合は、第二次世界大戦による後輩と迫りくる東西冷戦の中に置かれたヨーロッパ諸国が、一国だけでは解決することのできない、さまざまな問題を相互に協力しながら解決しようとする試みに始まった。すなわち、各国は、あらかじめ定められた、何か特定の組織や体制を構築するために協力を続けたのではなく、その時々の具体的な問題を、与えられた条件の下で集合的に解決しようとしてきたのである。

 粘り強い交渉から導き出された妥協の定式は、まさに政治が可能性を追求する技術であることを想起させる。

(中略)

 第二は、目標を達成するリアリズムとその粘り強さである。…… 機構、決定ルールをさまざまに使い分け、場合によっては経過措置を用いながら、そのときどきに可能な合意を暫定的に選び取り、そのような合意の定着と状況の変化をまって、さらなる合意の達成を追求するリアリズムがある。H・ウォーレスが「建設的曖昧さ」と言うように合意の達成が難しければ、その場はあいまいな妥協でやり過ごすこともあるだろう。実際、当事者の多くが交渉の挫折について語りながらも、暫定的に結ばれた取り決めが、状況の変化を経た後に当初の意図を実現する、より完全な合意の成立へと至る場合が数多くある。

(中略)

 最後に、その複雑な構造をあげたい。以上の二点からも導かれるように、共同体は持続的な変化を積み重ねて今日のEUに至ったのであり、複雑に分化した構造は単純に図式的理解を拒む。確かに六〇年代までは、共通化された政策の制度化は端緒にとどまっていたから、欧州統合に対する関心は、統合の前進や停滞のプロセスに集中していた。しかし、それぞれの国益を守ろうとして統合を政府間の交渉にだけ注目していては、委員会の日常的な政策形成によって形成されるガヴァナンスの構造を理解することは難しい。ガヴァナンスという言葉を用いるのは、政策過程の全体を上から統括する政府が存在せずとも、個々の領域では一定のパターンにしたがって問題の解決がなされるからである。同じようにEUを国際組織として考えるだけでは、欧州裁判所が、各国の法秩序に優越するヨーロッパの法的体系を構築してきた点を見逃すことになる。

 一方、EUを連邦制国家になぞらえ、委員会や理事会を一種の行政や立法府として固定的に理解しようとすることも、共同体がもつ可塑的な柔構造を見失わせることになる。統合が進展するにつれ、共通化された政策分野は多岐に及び、領域のそれぞれにはさまざまな形のガヴァナンスが成立した。とりわけ、冷戦の終結後には、多くの新たな課題に対応しようとして、共同体の構造は一層多様に分岐して、政策形成のネットワークは、共同体の機構をはるかに超え、民間の主体を幅広く包括するところにまで及んだ。

 冷戦の終結がもたらした課題に対して、今日の共同体が東方拡大や共通の軍隊の設置などによって答えようとするにもかかわらず、その対応はなお不十分なものにとどまっているのかもしれない。また、憲法条約の締結をもって、マーストリヒト条約を批准する過程で明らかとなったEUの「民主主義の赤字」に対する回答とすることができるのかどうかについても議論の余地があるだろう。政治的決定の場が、コペンハーゲンよりも遠く離れたブリュッセルに移ることを懸念したデンマーク国民が、国民投票によってマーストリヒト条約をいったん否決して以来、「民主主義の赤字」としてEUへの権限の集中や意思決定過程の不透明性に対する批判が高まった。そもそも複雑に構造分化したEUでは、市民が国家に対して認めてきたような正統性はどのような形で確保されうるのだろうか。

― 引用終わり ―

 平島は、「EU」(欧州連合)の特性・魅力の1つ目として、「問題解決の為の創意工夫・様々な試み」を挙げている。これは「EU」(欧州連合)という史上初の試みを成功させる為にヨーロッパ各国が「EU」として様々な政策を提案して試すという試行錯誤の結果の特性・魅力であると言えよう。

 次に「EU」の2つ目の特性・魅力として、「目標を達成する為のリアリズムと粘り強さ」を挙げている。これは「EU」の理念・最大目標である「ヨーロッパの調和・協調」を実現するために、現実的な妥協や粘り強さが政策面にて現れており「建設的曖昧さ」と評されるほどであることを特性・魅力として指摘している。

 そして「EU」の3つ目の特性・魅力として、「EUという共同体の複雑な構造」を挙げている。これは「EU」という機関が欧州各国を連携させる機能を果たしているが、それは「EU」が「国際組織」「連邦政府」でもなく、ヨーロッパの「共同体」ながら、様々な独自の機関をその内部に数多く持っているという「EU」の複雑な構造を特性・魅力として指摘している。

 このように「EU」には様々な特性・魅力があり、「EU」の構造を形作っている。

 また、「EU」(欧州連合)の「多様性・多元性」について、

 羽場は「拡大欧州は、アメリカのユニラテラリズム(単独行動主義)に対し、マルチラテラル(多国協調主義)な価値を打ち出して、二一世紀の世界を多元化することに貢献してきた」と述べている(註2 p12)。

 「EU」の「多国協調主義」はアジア地域の調和・協調にも必要であろう。

 

【ロシアのアイデンティティと政治・外交】

 「EU」(欧州連合)の構造を観たところで、次は「ロシア」について観ていこう。

 ある意味で「ロシア」は「EU」(欧州連合)という「ヨーロッパ」にハブられているとも言えるが、それはなぜなのか。また、「ロシア」の政治・外交について観ていこう。

 ロシアの政治・経済状況に関する考察を横手は次のように述べている(註5 p3~p5)。

― 以下引用文 ―

 過去30年ほどの間に、ロシアは社会主義体制から資本主義体制の国へと変貌した。

 社会主義体制が存在していた時代には、ほぼ全期間にわたってソ連共産党がこの国の政治権力を独占していた。経済面でも、国家による計画と管理を基本として、市場経済のメカニズムを可能な限り排除していた。しかし1985年以降、そうした状況に変化を求めるようになり、1991年にはついにソ連という国家そのものが消滅した。その後、ロシア連邦の成立後に採択された憲法体制では、大統領と国会議員(国家会議と呼ばれる下院の議員)を国民が直接選挙で選ぶようになった。また、経済面でも1992年以降、多くの国有企業の私有化が進み、私企業が市場経済のメカニズムの中で競争するようになった。この頃から、一見しただけでは、ロシアの政治と経済は欧米諸国のそれと区別がつかなくなった。

 しかし、ロシアの現状をさらに詳しく見ると、欧米諸国と異なる面があることに気づく。例えば大統領は、1993年にロシア憲法が制定されて以来、定期的に行われた選挙によって選出されてきたが、その度に、現職大統領が再選されるか、あるいは彼が推薦する候補者が選出されている。また、ワシントンに根拠を置く、非政府組織「フリーダム・ハウス」が、専門家の評価に基づいて毎年発表する各国の市民の自由の評価では、「自由」,「部分的に自由」,「非自由」という三区分で、ロシアは2005年から「非自由」の国と分類されるようになった。

 さらに、汚職が大きな社会問題になっている。例えばプーチン大統領が2012年に議会に送った教書においても「いかなるビジネス組織も、執行権力や立法権力、あるいは司法権力との近さによる特権を、その権力のレベルに拘らず利用すべきではない」と率直に問題の存在を認めている。

 以上に挙げた事例は、ロシア社会において繰り返し人々の関心を集めており、それだけ持続的で、深刻であることを示している。現在のロシアの政治に潜む特徴の一つがこうした現象にあると見ることができよう。それでは、どのようにこれらの否定的現象は説明されるのであろうか。実際、世界中のロシア政治の研究者がこうした現象に強い関心を寄せ、さまざまな仮説的解答を提示している。

 例えば、彼らの中には、社会主義体制から資本主義体制への転換という未曽有の改革に時間がかかるのは当然で、今後、時を重ねるにつれて、これらの現象はロシアにおいても目立たなくなるはずだと主張する者がいる。

 これとはまったく異なる解釈もある。例えば、歴史的に見てロシアでは欧米的な政治の運営がなされていた時代はほとんどなかったことを指摘して、そもそも欧米諸国と似たような政治体制を育むような政治文化が存在しないのではないかと主張する意見がある。こうした政治文化を重視する解釈では、ロシアでは個人主義リベラリズムの伝統が弱く、パターナリズム(家父長的態度)が社会の中で大きな影響を及ぼし続けたことが、欧米諸国と異なる政治的秩序を生み出してきたと指摘するのが一般的である。

 さらに別の解釈もある。それは、1980年代末から1990年代前半にかけて、国内政治、経済問題、エスニックな集団間の関係など、広範な分野で改革が一挙に進められた結果、国内に非常に鋭い意見対立が生じた事実を重視するものである。

 1993年に採択された憲法は、大統領に非常に強大な権限を与えた。これがその後の政治経済体制の性格を定める上で、決定的だったというのである。

 これ以外にも、現在のロシア政治が抱える問題点を重視して、その原因を説明する解釈がある。それらの中で比較的よく知られているのが、ロシアが世界有数のエネルギー資源の輸出国である点に注目する説である。

 それによると、一般に産油国では国家を運営する資金がエネルギー資源の輸出によって確保できるので、国民から多額の税金を徴収する必要性が弱まり、それに対応して、広く国民の意見を反映しやすい政治システムを生み出そうとする下からの圧力も弱くなると言う。

 ロシアの政治も、このようなエネルギー資源輸出国の経済的構造に基づくもので、基本的に中東の産油国のそれと同じものだというのである。

 はたして、これらの解釈のどれが、現在と未来のロシアの政治を最もよく説明するのであろうか。それとも、これらの解釈のどれもが一定の説明能力を持っており、政治の現状は複合的な要因を背景にしたものだと考えるべきだろうか。

― 引用終わり ―

 ロシアは「フリーダム・ハウス」による評価で「非自由」の国と判定されている。

 ロシアの政治が「非自由」な理由としてさまざまな要因が考えられる。

 例えば、ヨーロッパが「自由」を重視する政治文化・価値観を持っているのに対して、ロシアの政治文化・価値観は「家父長的」であり、「上からの支配」が強い、またそれが政治文化として根付いている(自然だと思い込んでいる)こと。

 他にも「エネルギー資源輸出国」に観られる「経済的構造」を要因とするものや社会主義体制のなごり、KGBという秘密警察の系譜による一党優位・一党独裁体制を要因に挙げる意見もある。

 このような様々な要因が作用して、ロシアの政治文化を形成しているといえる。

 「自由の尊重」という伝統の強い「ヨーロッパ」に比べて、「ロシア」は「非自由」な国であるといえる。

ここで考える必要があるのが「ヨーロッパ」と「ロシア」の違いを決定づけるものは何か。「ロシアのアイデンティティ」とはどんなものなのか。といったことである。

 「ロシアのアイデンティティ」それは「ヨーロッパとアジアのハーフのような立ち位置」であると言えるだろう。

 地理的にユーラシア大陸の大部分を占める「ロシア」はヨーロッパであり、アジアである。だが、長い歴史の中でも、「ロシア」は政治的に地政学的にヨーロッパであったり、アジアであったりした。この地理的条件・政治的伝統の中途半端さが「ヨーロッパ」との違いを大きく形づくっている。

 また、近年のロシアの政治構造を大きく決めた歴史的な大事件が「社会主義体制」である。

 帝政ロシアを打倒した民衆たちは、紆余曲折の後に、レーニン率いる共産党の支配に従属する形となってしまった。「社会主義者」たちは、「ヨーロッパ」で「共産党支配」を確立することができなかったが、「ロシア」で支配を確立することに成功した。

 これは世界的大事件であり、その後の「ロシア」と「ヨーロッパ」の政治・経済などの「社会体制」(システム)や生活文化の違いを決定づける事件であったと言えるだろう。

 すなわち、「EU」と「ロシア」の政治文化の違いを決定づけているものとして、「社会体制」(システム)の違いも多分にあると言える。

 

EU欧州連合)とロシアのこれから】

 ここでは「EU」(欧州連合)と「ロシア」の構造・特性を理解した上で、「EU」と「ロシア」のこれから(将来)が「どうなるか」という現実的予測と「どうするべきか」という理想論的意見を述べたいと思う。

 「欧米陣営(西側諸国)」と「ソ連陣営(東側諸国)」は政治的にも経済的にも「体制」(システム)が大きく違い、大きく対立した。

だが現在、「EU」と「ロシア」は政治的対立とは裏腹に、経済的には密接に関係している。

 それはロシアが政治的には、一党独裁・一党優位体制からは抜け出せてはいないが、経済的には資本主義体制・市場経済化を進めて、天然ガスというエネルギーをヨーロッパに輸出する資源大国になっていることによる。

 「EU」と「ロシア」がこれから(将来)、「どうなるか」という現実的予測は、

 「ロシア」が強硬姿勢を貫けば、アメリカ・EUと戦争状態にすらなる可能性もある。

 また、「EU」と「ロシア」の現状のゲーム構造は、「シーソーゲーム」である。

 「EU」が落ちぶれれば「ロシア」が発展・喜び、「ロシア」が落ちぶれれば「EU」が発展・喜ぶという構造である。このようなゲーム構造が続けば「EU」と「ロシア」の対立は深いモノになってしまうだろう。

 「EU」と「ロシア」がこれから(将来)、「どうするべきか」という理想論的意見は、

 「EU」側に対しては、「ヨーロッパの調和」を構築すること「ロシア」という不安定な大国を上手く導くことが「EU」に課せられた使命である。と言っておく。

 「ロシア」に対しては、「一党独裁・一党優位な政治体制」から抜き出して、自由を尊重する「民主主義国家」になることと、そのアイデンティティを活かして「ヨーロッパ」と「アジア」両地域との連携を深めることがロシア発展の近道であり、目指すべき道である。と言っておく。

 そして「EU」と「ロシア」両方に共通して言える目指すべき道は、二律背反な「シーソーゲーム」から抜け出して、お互いに「Win‐Win」となる道を模索・協力することだろう。

 

 「EU」という政治・経済の国際的共同体の構想・理念は、「アジア地域」のこれから(将来)の発展に必要なものとなってくるだろう。

 そして、「EU」が「ロシア」という荒熊と対峙するように、「日本・アジア」は「中国」という荒熊(荒パンダ)と対峙している。

 そしてその中国もロシアと同じく、共産党一党支配という「一党独裁体制」である。

 こういった「EU」・「ロシア」という「ヨーロッパ情勢」と「日本・アジア諸国」・「中国」という「アジア情勢」の共通点から、先ほど述べた「EU」と「ロシア」のこれから(将来)が「どうなるか」という現実的予測と「どうするべきか」という理想論的意見をアナロジー(類推)材料として思考展開すれば、次のようになる。

 「日本・アジア諸国」と「中国」がこれから(将来)、「どうなるか」という現実的予測は、

 「中国」が強硬姿勢を貫けば、アメリカ・日本・アジア諸国と戦争状態にすらなる可能性もある。

 「日本・アジア諸国」と「中国」がこれから(将来)、「どうするべきか」という理想論的意見は、「日本・アジア諸国」側に対しては、「アジアの調和」を構築すること「中国」という不安定な大国を上手く導くことが「アジア諸国」に課せられた使命である。と言っておく。

 「中国」に対しては、「一党独裁・一党優位な政治体制」から抜き出して、自由を尊重する「民主主義国家」になることが国家として目指すべき道である。と言っておく。

 そして「日本・アジア諸国」と「中国」両方に共通して言える目指すべき道は、お互いに「Win‐Win」となる道を模索・協力することだろう。

 

【参考文献リスト】

(註1)樋口恒晴『別冊 環 ⑤ ヨーロッパとは何か 「ロシアはヨーロッパか」』藤原書店,2002年

ヨーロッパとは何か (別冊環 (5))

ヨーロッパとは何か (別冊環 (5))

 

(註2)平島健司『EUは国家を超えられるか』岩波書店,2004年

EUは国家を超えられるか―政治統合のゆくえ (新世界事情)

EUは国家を超えられるか―政治統合のゆくえ (新世界事情)

 

(註3)羽場久美子『拡大ヨーロッパの挑戦 増補版』中央公論社,2014年

拡大ヨーロッパの挑戦―アメリカに並ぶ多元的パワーとなるか (中公新書)

拡大ヨーロッパの挑戦―アメリカに並ぶ多元的パワーとなるか (中公新書)

 

(註4)岡部伸『イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭』PHP研究所,2016年

イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭 (PHP新書)

イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭 (PHP新書)

 

(註5)渓内謙『現代社会主義を考える』岩波書店,1988年

現代社会主義を考える―ロシア革命から21世紀へ (岩波新書)

現代社会主義を考える―ロシア革命から21世紀へ (岩波新書)

 

(註6)横手慎二『ロシアの政治と外交』放送大学,2015年

ロシアの政治と外交 (放送大学教材)

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